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夏の正装として「開襟シャツ」を日本中に広めた人物と縁がある高槻市内にある大学はどこ?【たかつきクイズ】

高槻のことがもっと詳しくなれる【たかつきクイズ】コーナー!

今回のクイズはこちら↓
Q.夏の正装として「開襟シャツ」を日本中に広めた人物と縁がある高槻市内にある大学はどこでしょう?

a.大阪医科薬科大学
b.平安女学院大学
c.関西大学


高槻-202104261-3
(特に関係ないJR高槻駅付近の写真)

今のクールビズは上着を脱いでネクタイを外し、襟元のボタンをひとつ外す姿が一般的で、これは通気をよくし、体幹表面の発汗による冷却効率を高めようという発想だそう。

1930年代にこの発想で実用的に工夫されたのが開襟シャツで、それを日本中に広めた人物が高槻市内にある大学と縁があるようなんです!

さて、夏の正装として「開襟シャツ」を日本中に広めた人物と縁がある高槻市内にある大学はどこなんでしょうか?









正解は、
a大阪医科薬科大学でした!

大阪医科薬科大学-202108181
(大阪医科薬科大学)※大阪医科薬科大学は今年4月に大阪医科大学と大阪薬科大学が統合しています。

ソースはこちら↓

こちらの記事によると、大阪医科大学の前身である大阪高等医学専門学校の第二代校長「戸田正三博」さんが『戸田式開襟シャツ』を発明し、夏の正装として日本全国に広めたとのこと。

なにを元に「戸田式開襟シャツ」を発明したのかは明らかではないそうですが、オーストリア・チロル地方の男性が着用していた夏衣に着目し、改良して生み出したという説もあったりする模様。

1930年に開襟シャツの販売が始まり、1933年には日本の「夏の正装」となっていたようなので、その啓発活動の実績はかなりすごいのでは!

そんな方が高槻市内の大学と縁があるなんて誇らしいですね〜!

ちなみに「戸田式開襟シャツ」は「アロハシャツ」がハワイの正装となるためになんらかの影響をあたえたとか、言う説もあるそうですよ。

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ライター:アハ アハ