旧高槻城の富田口付近にある謎の道しるべが気になる

ここは富田方面から高槻城に来る6つの出入り口(六口)の1つ「富田口」なんですが、この一角、写真中央右側に謎の道しるべがあります。市の資料(高槻の石造物)にも記載がありません。

道しるべはほとんど埋まっていてただの凸みたいな状態。
江戸時代のこの付近はおそらく今より50cmくらいは土地が低かったと推測します。(出丸町のこの近くの畑の高さを参考)

では道標には何と書かれているのか??

東側は、「高」でしょうか?高槻の高…とかが一番ありそうです。

北側が民家の壁との隙間が近く見づらいのですが、よく見ると1文字だけ何か書かれています。
でもちょっと判別できません。
道標系は結構右左と書いてることが多い印象ですが、片方は高ですし、一番下部に右左って書いてるパターンでしょうか。
中途半端に埋まってしまい、変に気になる状態となっているこちらの石碑。何かご存知の方がいらっしゃいましたら、お教えいただけると幸いです!
地図ではここ↓
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ちなみにこちらの記事は高槻Network新聞管理人さんによる下記記事のリメイクです↓
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カテゴリ : 話題

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